帰したい、家族の元へ 歯科医、懸命の照合 「完璧に一致してますよ」
仙台市の宮城県警本部の一室。資料を点検していた歯科医師の声に、雰囲気が少し、和らいだ。身元がわからなかった遺体の歯の特徴と、20代の女性の生前のカルテが一致したのだ。
遺体安置所で調べた歯の治療痕などを元に、生体認証の技術を応用し、データベースから本人に近いものを検索する。そこから先は手作業。1本1本の歯の状況を見比べ、複数の歯科医師が議論を重ねる。
「一致してほしい。でも間違うと、取り返しがつかない」と、県歯科医師会身元確認班の柏崎潤・副長。服装や発見された場所などの要素を加味して、県警が本人かどうかを判断する。
震災から3カ月経って顔や体の判別は難しく所持品がないことも多い。一方、歯は固く変化しにくいため、
重要性は増していく。
同会の身元確認班は、江沢敏光班長ら6人が震災翌日から、遺体安置所で歯の記録を取った。東北大や他県からも参加し、多い日には60人以上がかかわった。
その中には、自らも被災した歯科医師もいた。
宮城県石巻市で4代続く歯科医院を営む三宅宏之さん(39)は震災直後から約1カ月、作業に加わった。
安置所の外には、家族を捜す人たちの列ができていた。着けていた衣服から「自分の夫に間違いない」と、損傷の激しい遺体に抱きついて泣く女性を見た。「早く家族の元に帰してあげたい」。その思いが、慣れない仕事を支えた。
遺体の中には、自分が診ていた患者もいた。
虫歯を治療していた女子高生。「部活の時に清涼飲料水を1本飲んじゃう」。そんな会話を思い出した。「一生、自分の歯でおいしいものを食べたい」と、歯周病のケアに通っていた主婦もいた。涙があふれ、手が止まった。
県歯科医師会では、災害や事故に備え、2008年から県警と合同で研修をしてきた。しかし今回の震災は想定をはるかに超えていた。「先進国では例を見ない。条件が悪すぎる」と、生体認証の専門家としてかかわる青木孝文・東北大大学院情報科学研究科教授は話す。「日本人は、遺骨が戻って初めて納得できる。できることをやらなければ」(仲村和代、篠健一郎)

朝日新聞 6月10日